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在天愿作比翼鸟,在地愿为连理枝。 天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝となりたい。

長恨歌

唐代・白居易

漢の皇帝は美貌を重んじ、国を傾けるほどの美女を求めたが、天下を治めて長年、その願いはかなわなかった。

杨家有女初长成,养在深闺人未识。(楊家に娘がいて、ようやく年ごろになった。奥深い閨で育てられ、世の人はまだ知らなかった。)

天生丽质难自弃,一朝选在君王侧。(生まれつきの美しさは自ら埋もれさせがたく、ある日選ばれて君王のそばに侍った。)

振り返ってひとたび微笑めば、あらゆる艶やかさが生まれ、六宮の美女たちも色を失う。

春まだ寒いころ華清池での湯浴みを賜り、なめらかな温泉の湯で、凝った脂のように白い肌を洗う。

侍女に抱き起こされる姿はなよやかで力なく、これこそ新たに寵愛を受け始めたころであった。

云鬓花颜金步摇,芙蓉帐暖度春宵。(雲のような髪、花のような顔に黄金の歩揺が揺れ、蓮花の帳の暖かさの中で春の夜を過ごす。)

春宵苦短日高起,从此君王不早朝。(春の夜はあまりに短く、日が高くなってから起きる。それ以来、君王は早朝の朝議に出なくなった。)

承欢侍宴无闲暇,春从春游夜专夜。(帝を喜ばせ、宴に侍って暇もなく、春には春の遊覧に付き従い、夜には夜ごと寵愛を独り占めした。)

后宫佳丽三千人,三千宠爱在一身。(後宮には三千人もの美女がいるが、その三千人への寵愛が一人に集まる。)

金屋妆成娇侍夜,玉楼宴罢醉和春。(金の御殿で化粧を整え、艶やかに夜のお供をし、玉の楼で宴が終われば、酔いに春の情趣を溶け合わせる。)

姊妹弟兄皆列土,可怜光彩生门户。(姉妹も兄弟もみな領地を与えられ、ああ、家門には羨ましいほどの栄光が輝く。)

遂令天下父母心,不重生男重生女。(こうして天下の父母の心は、男児を産むより女児を産むことを重んじるようになった。)

骊宫高处入青云,仙乐风飘处处闻。(驪山の宮殿は高く青雲に入り、仙界のような音楽が風に乗って、至る所で聞こえる。)

缓歌慢舞凝丝竹,尽日君王看不足。(緩やかな歌とゆったりした舞に弦や笛の調べが凝り、君王は一日中見ても見飽きない。)

渔阳鼙鼓动地来,惊破霓裳羽衣曲。(漁陽から戦鼓が大地を揺るがせて響き来たり、「霓裳羽衣曲」を驚かせ、打ち破った。)

九重城阙烟尘生,千乘万骑西南行。(幾重もの宮城に戦の煙塵が立ち、千の車と万の騎馬が西南へ向かう。)

天子の旗は揺れながら進んでは止まり、都の門を西へ出て百余里に至る。

六军不发无奈何,宛转蛾眉马前死。(六軍は動かず、どうすることもできない。美しい眉の人は身をよじり、馬の前で命を落とした。)

花钿委地无人收,翠翘金雀玉搔头。(花飾りは地に落ちても拾う者がなく、翠羽の飾り、金の雀、玉のかんざしが散らばっている。)

君王掩面救不得,回看血泪相和流。(帝は顔を覆うばかりで救えず、振り返れば血と涙が入り混じって流れた。)

黄埃散漫风萧索,云栈萦纡登剑阁。(黄色い土埃が立ち込め、風はもの寂しく吹く。雲にかかる桟道を曲がりくねって、剣閣へ登る。)

峨嵋山下少人行,旌旗无光日色薄。(峨嵋山の麓には人影もまばらで、旗に輝きはなく、日の光も薄い。)

蜀江水碧蜀山青,圣主朝朝暮暮情。(蜀の川は碧く、蜀の山は青い。天子は朝も夕も思いを募らせる。)

行宫见月伤心色,夜雨闻铃肠断声。(行宮で見る月は心を傷める色を帯び、夜の雨に聞く鈴は断腸の響きを立てる。)

天旋日转回龙驭,到此踌躇不能去。(天地の情勢が一転し、帝の車駕は帰途についたが、ここに来るとためらい、立ち去れなかった。)

马嵬坡下泥土中,不见玉颜空死处。(馬嵬坡の下の土の中、美しい顔は見えず、ただ亡くなった場所が残るばかり。)

君臣相顾尽沾衣,东望都门信马归。(君臣は顔を見合わせ、ともに涙で衣をぬらす。東の都の門を望み、馬の歩むに任せて帰ってゆく。)

归来池苑皆依旧,太液芙蓉未央柳。(帰ってくれば池も庭も昔のまま、太液の蓮も未央の柳も変わらない。)

芙蓉如面柳如眉,对此如何不泪垂。(蓮の花はあの顔に、柳はあの眉に似る。これを前にして、どうして涙を流さずにいられよう。)

春风桃李花开日,秋雨梧桐叶落时。 春風に桃や李の花が咲く日も、秋雨に梧桐の葉が落ちる時も。

西宫南内多秋草,落叶满阶红不扫。(西宮と南内には秋草が茂り、赤い落ち葉が階段いっぱいに積もっても掃かれない。)

梨园弟子白发新,椒房阿监青娥老。(梨園の弟子たちには新たに白髪が生え、椒房の女官や美しかった宮女たちも老いた。)

夕殿萤飞思悄然,孤灯挑尽未成眠。(夕暮れの宮殿に蛍が飛び、思いはひそやかに沈む。独り灯火の芯をかき立て尽くしても眠れない。)

鐘や太鼓の音がゆるやかに響き、長い夜が始まる。星の川は明るく輝き、空はやがて明けようとする。

鸳鸯瓦冷霜华重,翡翠衾寒谁与共。(鴛鴦の瓦は冷え、霜は厚く積もる。翡翠の模様の夜具も寒く、誰と分かち合えばよいのか。)

悠悠生死别经年,魂魄不曾来入梦。(生と死に隔てられ、長い年月が過ぎたのに、その魂は一度も夢に訪れてくれない。)

临邛道士鸿都客,能以精诚致魂魄。(臨邛の道士で都に滞在する者が、ひたむきな誠の力で魂を呼び寄せることができた。)

为感君王辗转思,遂教方士殷勤觅。(帝が寝返りを打って思い続ける、その深い情に心を動かされ、方士は懸命に捜すことになった。)

排空驭气奔如电,升天入地求之遍。(空を切り、気に乗って稲妻のように駆け、天へ昇り地へ潜って、あまねくその人を探す。)

上穷碧落下黄泉,两处茫茫皆不见。(上は青空の果てまで、下は黄泉まで探し尽くしたが、どちらも茫漠として、姿は見つからない。)

忽闻海上有仙山,山在虚无缥缈间。(ふと聞けば、海上に仙人の山があり、虚空のかすかな霞の中に浮かんでいるという。)

楼阁玲珑五云起,其中绰约多仙子。(精巧な楼閣には五色の雲が湧き、その中には優美な仙女が数多くいる。)

中有一人字太真,雪肤花貌参差是。(その中に太真という名の一人がいて、雪の肌、花の顔立ちは、まさしくあの人に似ていた。)

金阙西厢叩玉扃,转教小玉报双成。 黄金の宮殿の西の脇屋で玉の扉をたたき、小玉を介して双成に知らせてもらう。

闻道汉家天子使,九华帐里梦魂惊。(漢の天子の使いと聞き、九華の帳の内で夢見る魂が驚き目覚める。)

揽衣推枕起徘徊,珠箔银屏迤逦开。(衣を取り、枕を押しのけ、起き上がって歩み巡る。珠の簾と銀の屏風が次々に開かれる。)

云髻半偏新睡觉,花冠不整下堂来。(目覚めたばかりで雲のような髷は片側に傾き、花冠も整えず堂を下りてくる。)

风吹仙袂飘飖举,犹似霓裳羽衣舞。(風が仙女の袖を吹き上げ、ひらひらと舞わせる。なおも霓裳羽衣の舞を舞うかのようだ。)

玉容寂寞泪阑干,梨花一枝春带雨。 美しい顔は寂しげで、涙が幾筋も流れる。それは春の雨を帯びた、一枝の梨の花のようだ。

含情凝睇谢君王,一别音容两渺茫。(思いを込めてじっと見つめ、帝に言葉を託す。ひとたび別れてから、声も姿も、互いにはるかに隔たってしまった。)

昭阳殿里恩爱绝,蓬莱宫中日月长。(昭陽殿では愛の日々が途絶え、蓬莱宮では月日が長く感じられる。)

回头下望人寰处,不见长安见尘雾。(振り返って人の世を見下ろすと、長安は見えず、塵ともやばかりが見える。)

唯将旧物表深情,钿合金钗寄将去。 ただ昔の品に深い思いを託し、螺鈿の小箱と金のかんざしを届けてもらう。

钗留一股合一扇,钗擘黄金合分钿。(かんざしは片脚を、香箱は片側を手元に残す。黄金のかんざしを割り、螺鈿の香箱を分ける。)

但教心似金钿坚,天上人间会相见。 ただ心が金の飾りのように堅く変わらなければ、天上であろうと人の世であろうと、きっと再び会える。

临别殷勤重寄词,词中有誓两心知。(別れ際、心を込めて重ねて言葉を託す。その中には二人の心だけが知る誓いがある。)

七月七日长生殿,夜半无人私语时。(七月七日、長生殿で、夜半、人のいないところでひそかに語り合ったときのこと。)

在天愿作比翼鸟,在地愿为连理枝。(天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては枝をつなぐ連理の木となりたい。)

天长地久有时尽,此恨绵绵无绝期。(永い天地にも尽きる時はあるが、この恨みは延々と続き、絶える時がない。)

詩情を流れにのせて

詩の情景アニメーション

アニメーションの内容は中国語の原版を保持しています。

アニメーションの準備ができました。

AI画像生成

現代語訳

唐の明皇は美色を好み、皇帝となってから長年、美しい女性を探し続けたが、何も得られずにいた。

楊家には、ようやく年ごろになった娘がいた。たいそう艶やかだったが、奥深い閨で育てられ、その並ぶもののない美しさを外の人は知らなかった。

生まれ持った美しさと国をも傾ける容姿は、世に埋もれたままではいられず、果たしてほどなく唐の明皇のそばに仕える妃の一人となった。

彼女が振り返って微笑むと、さまざまな美しい表情が現れ、艶やかな魅力があふれる。後宮の妃たちは、一人残らず色あせて見えた。

春の寒さが身にしみる頃、帝は彼女に華清池での入浴を許した。温かく滑らかな湯が、凝った脂のように白く柔らかな肌を洗う。

侍女が彼女を支える。水から現れた蓮のように、か弱くしなやかな姿で、このときから皇帝の寵愛を受けるようになった。

鬢の髪は雲のよう、顔は花のようで、頭には金の歩揺を挿している。暖かな芙蓉の帳の中で、帝と春の夜を過ごす。

情が深く、ただ新婚の夜が短いことを恨み、目覚めれば日は高く昇っていた。君王は男女の情愛と甘美な世界に深く溺れ、それ以来、早朝の朝議に出なくなった。

帝の寵愛を受け、酒の相手を務め、忙しくて暇もない。春の日には帝に伴って遊びに出かけ、夜は毎夜、寝所に侍る。

後宮の妃は三千人を下らなかったが、帝の寵愛を独り占めしたのは彼女だけだった。

金殿で化粧を整え、夜ごと甘えて君王のそばを離れない。玉楼で酒宴が終われば、酔いがさらに幾分かの艶を添える。

兄弟姉妹はみな彼女のおかげで領地を与えられ、侯に封じられた。楊家の家門の輝かしさは、人々の羨望を集めた。

こうして天下の父母はみな考えを変え、娘を重んじ、息子を軽んじるようになった。

驪山の華清宮では、玉のように美しい楼閣が雲にそびえ、清風の渡るところ、仙楽が四方八方へと漂ってゆく。

軽やかな歌と優美な舞はよく拍子に合い、管弦の調べは余すところなく妙味を伝える。君王は一日中眺めても、いくら見ても飽きなかった。

漁陽の反乱の戦鼓が耳をつんざき、宮中では霓裳羽衣曲の演奏が止まった。

幾重もの宮殿には、たちまち土ぼこりが舞い、帝は大勢の臣下や美しい妃たちを連れて西南へ逃れた。

車列は進んでは止まり、長安を西へ出て、まだ百余里しか来ていなかった。

全軍が立ち止まって進まず、楊玉環を死なせるよう要求した。君王はどうすることもできず、馬嵬坡の麓で楊玉環を縊り殺させるほかなかった。

貴妃の髪飾りが地面いっぱいに散り、拾う者もいない。翠翹、金雀、玉搔頭、貴い髪飾りが一本また一本と。

君王は救おうとしても救えず、顔を覆って泣いた。振り返って貴妃の惨死のありさまを見ると、血の涙が止めどなく流れた。

物寂しい秋風が落ち葉を払い、黄土の砂ぼこりはすでに消え去った。曲がりくねる桟道をたどり、車列は剣閣の古道へ入っていった。

峨眉山のふもとは行き交う人もまばらで、旗は色を失い、日月も光を失っている。

蜀の山水は清らかで美しく、君王の恋しさをかき立てる。行宮で月を見れば、目に映るものすべてが悲しく、雨の夜に曲を聴けば、その音は一つ一つ悲しみを帯びる。

反乱が鎮まった後、君王は長安へ戻る途上で馬嵬坡を通り、目にするものから亡き人を偲び、ためらって先へ進めない。

草の生い茂る馬嵬坡の下、荒れ寂れた土の墓の中に、あの美しい人の面影はもう見えず、ただ墓だけが山間に横たわっている。

君主と臣下は互いを見つめ、涙で衣をぬらす。東の都を望んで悲しみに暮れ、馬の歩むままに朝廷へ帰ってゆく。

帰って眺めると、池も庭園も昔のままで、太液池のほとりには蓮が変わらず咲き、未央宮のしだれ柳も変わっていなかった。

芙蓉の花は玉環の顔のように咲き、柳の葉は彼女の眉のよう。この情景を前に、どうして悲しみを覚えずにいられようか。

春風は桃や李の花を開かせるが、景色は同じでも人はおらず、悲しみに堪えない。秋雨は梧桐の葉に滴り、その寂しい眺めはいっそう痛ましい。

興慶宮も甘露殿も、至る所が寂れ、秋草が生い茂っている。宮中の階段は落ち葉で埋まり、長いこと掃く人の姿も見えない。

役者の髪はすっかり白くなり、宮女の若々しい美しさも失われた。夜の宮殿には蛍が飛び交い、一つ灯る明かりの油が尽きても、君王はなお眠れない。

遅々として響く鐘と太鼓を細かく数えるほど、夜がいよいよ長く感じられる。明るく輝く天の川をはるかに見つめ、東の空に暁の光が差すまで過ごす。

対になった屋根瓦には霜の花が幾重にも生じ、冷えた翡翠色の夜具の中で、誰が君王とともに眠るのか。

生者と死者に隔てられて、もう一年。なぜあなたは一度も私の夢に来てくれないのか。

臨邛の道士がちょうど長安に滞在しており、法術で貴妃の魂を呼び寄せられるということだった。

君王が貴妃を思う情の深さに、彼は心を動かされた。勅命を受け、怠ることなく懸命に捜し、風を操って八方へ向かった。

雲気を操って空へ入り、縦横に稲妻のように駆け巡る。天へ昇り、地へ潜って、天上も冥府もくまなく捜したが、何の成果もなかった。

ふと、海の上に白雲に囲まれた仙山があると聞いた。

精緻で透き通るような楼閣を、五色の瑞雲が支えている。天上の仙女や女神は数えきれず、誰もがしなやかで美しい姿をしている。

その中に、字を太真という人がいた。肌は雪のように白く、容貌は花のようで、まさしく帝が捜す楊貴妃のようだった。

道士は金闕の西側に着き、玉石を彫って作った中庭の門をたたき、小声で呼びかけた。小玉に、侍女の双成を呼んで取り次ぐよう頼んだ。

太真は君主の使者が来たと聞き、帳の中で驚いて目を覚ました。衣をまとい、枕を押しのけ、寝帳から出る。屏風を順に開き、珠の簾を下ろした。

雲のような髪を半ば結いかけたまま目覚めたばかりで、身支度を整える間もなく壇を下りてきた。花冠もまだ斜めにかぶっていた。

柔らかな仙境の風が袖をそっとなびかせ、まるで霓裳羽衣の舞のように、しなやかで優美に揺れる。静寂

寂しく憂いに沈んだ顔には涙が絶えず流れ、春の雨にぬれた梨の花のようである。

思いを込めて天子の使いを見つめ、君王に厚くお礼を伝えてほしいと託す。馬嵬坡で永遠の別れをして以来、消息も面影も、ともに遥かでおぼつかない。

昭陽殿での夫婦の縁はとうに断たれ、蓬莱宮の孤独な日々は、まだ長く続く。

振り返って人の世を見下ろすと、長安はすでに隠れ、ただ塵ともやだけが残っていた。

ただ、かつての形見で私の深い思いを伝えることにしましょう。螺鈿の箱と金のかんざしを、思い出の品として君王に持っていってください。

金のかんざしは片方の枝を残し、螺鈿の小箱は半分を残す。かんざしの黄金を二つに分け、小箱の宝飾も分けた。

どうか私たちの愛し合う心が、黄金の宝飾のように変わらず堅くありますように。天上でも人の世でも、きっとまた会える機会はあるでしょう。

別れに際して方士に心を込めて頼み、君王へ思いを伝える言葉を託す。その言葉に含まれる誓いは、君王と私だけが知っている。

あの年の七月七日、長生殿で、真夜中、人のいない時に、私たちはともに山海を証人として永遠の愛を誓った。

天にあっては翼を並べて飛ぶ比翼の鳥となり、地にあっては並び生えて枝をつなぐ連理の木となりたい。

たとえ天と地が長く続いても、いつかは果てる。しかし、生と死を隔てたこの尽きぬ悲しみには、永遠に終わりがない。

注釈

汉皇:本来は漢の武帝を指す。ここでは唐の玄宗を借りて指している。唐人の文学作品では、漢をもって唐を表すことがよくある。

重色:女性の美貌を好むこと。

倾国:絶世の美女。漢代の李延年は漢の武帝に一首の歌を歌った。「北方有佳人,绝世而独立。一顾倾人城,再顾倾人国。宁不知倾城与倾国,佳人难再得。」(北方に美しい人がいる。世に並ぶ者なく、ただ独り立つ。一目を向ければ城を傾け、再び目を向ければ国を傾ける。城や国が傾くことを知らぬわけではないが、このような美女は二度とは得がたい。)後に「倾国倾城」は美女を指す言葉となった。

御宇:天下を統御する、すなわち天下を治めること。漢の賈長沙『過秦論』:「振长策而御宇内」(長い鞭を振るい、天下を治める)。

杨家有女:蜀州の司戸であった楊玄琰には楊玉環という娘がおり、幼い頃から叔父の楊玄珪に育てられ、十七歳(開元二十三年)で玄宗の子、寿王李瑁の妃に冊立された。二十七歳で玄宗の貴妃に冊立された。白居易がここで「养在深闺人未识」(奥深い閨で育てられ、まだ人に知られていなかった)と述べるのは、作者が意図的に帝王のために事情を伏せた表現である。

丽质:美しい容姿。

六宮粉黛:宮中のすべての妃嬪を指す。古代の皇帝は、正寝(日常の政務を行う場所)一つと、燕寝(休息する場所)五つを設け、合わせて六宮と呼んだ。粉黛は本来、女性の化粧品で、粉は顔に塗り、黛は眉を描くために用いる。ここでは六宮の女性たちを指す。

無顔色:比較すると、誰もが美しい容姿を失って見えるという意味。

華清池:華清池温泉のこと。現在の西安市臨潼区南部、驪山の麓にある。唐の貞観十八年に湯泉宮が建てられ、咸亨二年に温泉宮と改称、天宝六載の拡張後に華清宮と改称された。唐の玄宗は毎年冬と春にここで過ごした。

凝脂:肌が白く柔らかく潤い、固まった脂のようであることを形容する。『詩経・衛風・碩人』に「肤如凝脂」(肌は凝った脂のよう)とある。

侍児:宮女。

新承恩泽:皇帝の寵愛を受けたばかりであること。

金步摇:金の髪飾りの一種。金銀の線を曲げて花の形にし、垂れる珠などを付ける。鬢に挿すと、歩くたびに揺れて美しい姿を見せる。

芙蓉帳:蓮の花を刺繡した帳。その精美さを形容する。蕭綱『戯作謝恵連体十三韻』に「珠绳翡翠帷,绮幕芙蓉帐。」とある。(真珠の紐にカワセミの羽で飾ったとばり、美しい幕に蓮の花を刺繡した帳。)

春宵:新婚の夜。

佳丽三千:『後漢書・皇后紀』に「自武元之后,世增淫费,乃至掖庭三千」(武帝・元帝以後、代を追って過度の出費が増し、ついには後宮の女性が三千人に達した)とある。後宮の女性の多さをいう。『旧唐書・宦官伝』などによれば、開元・天宝年間、長安の大内・大明・興慶の三宮、皇子の十宅院、皇孫の百孫院、東都の大内・上陽の二宮には、およそ四万人の宮女がいた。

金屋:『漢武故事』によれば、武帝が幼いころ、おばが彼を膝に抱き、自分の娘の阿嬌を妻に欲しいかと尋ねた。彼は笑って答えたという。「若得阿娇,当以金屋藏之。」(阿嬌を妻にできるなら、黄金の家を建ててそこに住まわせましょう。)

列土:土地を分け与えて封ずること。『旧唐書・后妃伝』などによれば、楊貴妃には三人の姉がおり、玄宗は全員に国夫人の称号を授けた。最年長は大姨と呼ばれ、韓国夫人に封ぜられた。三姨は虢国夫人、八姨は秦国夫人に封ぜられた。貴妃の父の玄琰には、太尉、斉国公が累次追贈された。母は涼国夫人に封ぜられた。叔父の玄珪は光禄卿となり、はとこの兄の銛は鴻臚卿となった。錡は侍御史となり、武恵妃の娘である太華公主を妻に迎えた。同族の兄の国忠は右丞相となった。姊妹:姉妹のこと。

可怜:愛らしい、うらやむに値する。

不重生男重生女:男児を産むことを重んじず、女児を産むことを重んじること。陳鴻『長恨歌伝』には、当時の民謡に「生女勿悲酸,生男勿喜欢」(女が生まれても悲しむな、男が生まれても喜ぶな)、「男不封侯女作妃,看女却为门上楣」(男は侯に封じられずとも女は妃となる、女こそ家の門を飾る梁となる)などがあったと記されている。

驪宮:驪山の華清宮。驪山は現在の陝西省臨潼にある。

凝丝竹:弦楽器と管楽器が伴奏し、ゆるやかな旋律を奏でることを指す。

漁陽:郡の名。現在の北京市平谷県や天津市薊県などを管轄し、当時は平盧、范陽、河東の三鎮を治める節度使、安禄山の管轄下にあった。天宝十四載の冬、安禄山は范陽で挙兵し、反乱を起こした。

鼙鼓:古代の騎兵が用いた小太鼓。ここでは戦争を指す。

霓(ní)裳羽衣曲:舞曲の名。唐の開元年間、西涼節度使の楊敬述が献上し、唐の玄宗が手を加え、歌詞を作ってこの名に改めたとされる。はかなくぼんやりした仙境と仙女の姿を、意識的に表現した楽曲。

九重城阙:九重の門を持つ都。ここでは長安を指す。

烟尘生:戦が起こること。「阙」は古代の宮殿の門前の左右にある楼を意味し、広く宮殿や帝王の住まいを指す。『楚辞・九弁』:「君之门以九重」(君主の門は幾重にも重なる)。

千乘(shèng)万骑西南行:天宝十五載六月、安禄山が潼関を破り、長安に迫った。玄宗は楊貴妃らを連れ、延秋門から西南へ逃れた。当時の護衛は多くなく、「千乘万骑」は誇張表現である。「乘」は四頭立ての車一台を一乗、「骑」は一人と馬一頭を一騎と数える。

翠華:カワセミの羽で飾った旗。皇帝の儀仗隊が用いる。司馬相如『上林賦』:「建翠华之旗,树灵鼍之鼓」。(翠華の旗を立て、霊妙な鼉の皮を張った太鼓を据える。)

百余里:長安から百余里離れた馬嵬坡に着いたことを指す。

「翠华摇摇行复止,西出都门百余里。」の句:天子の旗が揺れ、進んでは止まりながら都を西へ百余里離れる、という意。李隆基が西へ逃れ、長安から百余里の馬嵬駅(現在の陝西省興平)に至ると、随行の禁衛軍が反乱を起こし、前進を拒み、民の恨みを鎮めるため楊国忠・楊玉環兄妹の処刑を求めた。玄宗は自身を守るため、その要求に従うほかなかった。

六军:天子の軍隊を指す。『周礼・夏官・司馬』に「王六军」(王は六軍を有する)とある。新旧『唐書・玄宗紀』や『資治通鑑』などによれば、天宝十五載六月、哥舒翰は潼関に至ったが、配下の火抜帰仁に捕らえられ、安禄山に降伏させられた。潼関は陥落し、都は大いに震え上がった。玄宗は蜀へ逃れることを考えながら、みずから出征するとの詔を下した。朝会が終わると、士人も庶民も恐れおののいた。乙未の日の未明、玄宗は延秋門から逃れた。供奉したのは宰相の楊国忠と韋見素、内侍の高力士、および皇太子、親王、妃や公主のみで、皇孫以下の多くは従うことができなかった。丙辰の日、馬嵬駅(興平県の北、現在の陝西省内)に宿ったが、諸軍は先に進もうとしなかった。龍武大将軍の陳玄礼は上奏した。反逆した胡人は、楊国忠の誅殺を名目に宮廷を攻めようとしているが、朝廷の内外の人々にも、不満や恨みがないわけではない。今や国の歩みは困難を極め、天子の車駕も動揺している。陛下は人々の心に従い、国家の大計のため、楊国忠らを法に処すべきだ、と。折しも吐蕃の使者が駅の門で楊国忠を引き止め、訴えを述べていたため、群衆は「楊国忠が吐蕃人と結んで謀反を企てている!」と叫んだ。兵士たちは駅を四方から取り囲み、楊国忠と魏方進の一族を誅殺したが、それでも包囲を解かなかった。玄宗が高力士に理由を問いたださせると、諸将はすでに楊国忠を殺したものの、貴妃が宮中にいるため人々が恐れている、と報告した。そこで玄宗は高力士に命じ、貴妃に自害を賜った。

宛転:美女が死を前にして、恨み悲しむ思いの尽きないさま。蛾眉:古代の美女の代称で、ここでは楊貴妃を指す。『詩経・衛風・碩人』:「螓首蛾眉」(額は広く美しく、眉は蛾の触角のように細く曲がっている)。

花钿:金、翡翠、宝石などで作った花形の髪飾り。

委地:地面に捨て置く。

翠翘:カワセミの尾の形をした髪飾り。

金雀:金雀のかんざし。鳳凰に似た形をしている(古くは朱雀と呼んだ)。

玉搔頭:玉のかんざし。『西京雑記・巻二』に「武帝过李夫人,就取玉簪搔头。自此後宫人搔头皆用玉。」とある。(武帝が李夫人を訪ねた際、玉のかんざしを取って頭をかいた。それ以来、後宮の人々は皆、頭をかくのに玉を用いるようになった。)

雲桟:雲に届くほど高い所にある桟道。

萦纡(yíngyū):曲がりくねり、巻き巡ること。

剣閣:剣門関ともいう。現在の四川省剣閣県の北にあり、秦から蜀へ入る際の要

道。この地の山々は剣のようで、断崖が途切れた所では二つの山が門のように向かい合う。諸葛亮が蜀の宰相であった時、岩を削り、宙に架かる桟道を造って通行できるようにした。

峨嵋山:現在の四川省峨眉山市にある。玄宗は蜀へ逃れる途中、峨嵋山を通ってはいない。ここでは蜀の高山を広く指す。

行宫:皇帝が都を離れて外出した際の仮の住まい。

夜雨闻铃:『明皇雑録・補遺』:「明皇既幸蜀,西南行。初入斜谷,霖雨涉旬,于栈道雨中闻(明皇は蜀へ向かい、西南へ進んだ。斜谷に入ったころ、長雨が十日余り続き、桟道の雨の中で聞いた

鈴の音が山に響き合った。帝はすでに貴妃を悼んでいたため、その音を採り入れて『雨霖鈴曲』を作り、恨みを託した。」ここでは、この出来事を暗に指す。後に『雨霖鈴』は宋詞の詞牌名となった。

天旋日転:時局が好転することを指す。粛宗の至徳二年、郭子儀の軍が長安を奪還した。

回龍馭:皇帝の御車が戻ること。

不见玉颜空死处:美しい面影はなく、亡くなった場所だけが残るという意。『旧唐書・后妃伝』によれば、玄宗は蜀から戻ると宦官に楊貴妃を弔わせ、別の場所へ改葬するよう密命を下した。最初の埋葬時には紫の敷物で包んでいた。肌はすでに朽ちていたが香袋は残っており、宦官がこれを献上した。上皇はそれを見て深く悲しみ、別殿に彼女の姿を描かせ、朝夕眺めたという。

信馬:馬に鞭を入れる気もなく、馬の進むままに任せること。

太液:漢の宮中に太液池があった。

未央:漢代には未央宮があった。ここではいずれも唐の長安の皇宮を借りて指している。

春风桃李花开夜:春風に桃や李の花が咲く夜。「春风桃李花开日」、春風に桃や李の花が咲く日、とする異文もある。

西宫南苑:別の本文では「西宫南内」とする。皇宮の内部を大内と呼ぶ。西宮は西内の太極宮、南内は興慶宮を指す。玄宗は都に戻った後、初めは南内に住んだ。上元元年、権勢を振るう宦官の李輔国は粛宗の名をかたり、玄宗を脅して西内へ移らせ、玄宗の側近である高力士や陳玄礼らを流刑や左遷に処した。

梨園弟子:玄宗がかつて育成した楽人や舞姫を指す。梨園:『新唐書・礼楽志』によれば、唐の玄宗の時代、宮中で音楽を教えた機関。「坐部伎」から三百人を選んで歌舞を教え、随時、勅命に応じて演じさせ、「皇帝梨园弟子」(皇帝の梨園の弟子)と称した。

椒房:后妃の住まい。花椒を混ぜた泥で壁を塗ったことからいう。阿监:宮中で侍従を務める女官。青娥:若い宮女。『新唐書・百官志』によれば、内官の宮正には阿監、副監があり、七品に準じた。

孤灯挑尽:昔は油灯で明かりをとり、灯を明るく保つため、しばらくすると油に浸した灯芯草を少し前へかき出す必要があった。「挑尽」は、夜がすでに深いことを示す。なお、唐代の宮廷では夜間にろうそくをともし、油灯は用いなかった。ここでは玄宗の晩年の暮らしの寂しく苦しい環境を描くことが主眼となっている。

遅遅:ゆっくりしているさま。時を告げる鐘や太鼓の始まりと終わりには本来決まった時刻があるが、ここでは長い夜を眠れずに過ごす玄宗の心情を表す。

耿耿:ほのかに明るいさま。

欲曙天:長い夜が明けようとする頃。

鴛鴦瓦:屋根の上で、上向きと下向きに向かい合って組み合わされた瓦。『三国志・魏書・方技伝』には、文帝が宮殿の二枚の瓦が地に落ち、一つがいの鴛鴦に変わる夢を見たとある。屋根瓦を一枚は伏せ、一枚は仰向けに合わせたものを陰陽瓦といい、鴛鴦瓦とも呼ぶ。

霜華:霜の花。

翡翠衾:カワセミの刺繡を施した掛け布団。『楚辞・招魂』に「翡翠珠被,烂齐光些。」とある。(カワセミの羽や真珠で飾られた寝具が、きらびやかに光り輝く。)その貴重さをいう。

谁与共:「与谁共」、誰と共にするのか、という意味。

临邛道士鸿都客:臨邛から長安に来た道士がいた、という意味。臨邛は現在の四川省邛崍県。鴻都は仙人の住まいを指す。

致魂魄:楊貴妃の亡魂を招き寄せること。

方士:術を使う人。ここでは道士を指す。

殷勤:力を尽くすこと。

排空驭气:雲や霧に乗って空を行くこと。

穷:尽くす、くまなく探す。

碧落:天空のこと。

黄泉:地下を指す。

海上仙山:『史記・封禅書』:「自威、宣、燕昭使人人海求蓬莱、方丈、瀛洲,此三神山者,其传在渤海中。」斉の威王・宣王、燕の昭王のころから、人を海へ遣わして蓬莱・方丈・瀛洲を探させた。この三つの神山は、伝説では渤海の中にあるという。

玲瓏:華麗で精巧なこと。

五云:五色の雲や霞。

绰约:姿がしなやかで優美なこと。『荘子・逍遥遊』:“藐姑射之山,有神人居焉,肌肤若冰雪,绰约如处子。”(遥かな姑射の山には神人が住み、肌は氷雪のようで、しなやかで優美な姿は乙女のようだ。)

参差:まるで~のようだ、おおよそ似ていること。

金闕:『太平御覧』巻六十六が引く『大洞玉経』に、上清宮の門には二つの闕があり、左が金闕、右が玉闕とある。西廂:『爾雅・釈宮』に「室有东西厢日庙」(部屋に東西の脇屋があるものを廟という)とある。西廂は右側にある。

玉扃(jiōng):玉の門。「玉阙」の言い換え。

転教小玉報双成:仙境の館は庭が幾重にも重なっており、人を介して順に取り次ぐ必要があるという意味。小玉:呉王夫差の娘。双成:伝説上の西王母の侍女。ここではいずれも、仙山にいる楊貴妃の侍女を指して用いられている。

九华帐:華麗な刺繍を施した帳。九华は花飾りが幾重にも重なる文様で、帳の精美さをいう。『宋書・后妃伝』:「自汉氏昭阳之轮奂,魏室九华之照耀。」(漢の昭陽殿の壮麗さ、魏の九華の輝かしさ以来。)

珠箔:真珠のすだれ。

银屏:銀で飾った屏風。

迤逦:途切れずに続いて。

雲鬢:別本では「云髻」。女性の髪が雲のように豊かで美しいことを表す。

新睡覚:眠りから覚めたばかりのこと。覚は、目覚めるという意味。

袂(mèi):衣の袖。

飘飖:「飘飘」とする異本もある。

玉容寂寞:ここでは、美しい顔が暗く悲しげな表情をしていること。

阑干:縦横に交錯するさま。ここでは涙の跡が顔いっぱいに広がることをいう。

凝睇(dì):じっと見つめること。

昭阳殿:漢の成帝の寵妃、趙飛燕の寝殿。ここでは楊貴妃が住んだ宮殿を指す。

蓬萊宮:伝説上の海の仙山。ここでは仙山にある貴妃の住まいを指す。

人寰(huán):人の世。

旧物:生前に玄宗と愛を誓った証しの品を指す。

寄将去:道士に託して持ち帰らせること。

擘:分ける。

合分钿:螺鈿などで飾った小箱の模様を二つに分けること。

「钗留一股合一扇,钗擘黄金合分钿。」の句:金のかんざしと螺鈿の箱をそれぞれ二つに分け、片方ずつを自分の手元に残すこと。

但令:別の伝本では「但教」とする。いずれも「ただ~さえすれば」の意。

重寄词:貴妃が別れ際に、もう一度彼に伝言を託したこと。

両心知:玄宗と貴妃の二人だけが心の中で分かっていること。

長生殿:驪山の華清宮内にあり、天宝元年に建てられたとされる。ただし、「七月」以下の六句は作者の創作による言葉である。陳寅恪は『元白詩箋証稿・長恨歌』でこう述べる:「长生殿七夕私誓之为後来增饰之物语,并非当时真确之事实」。(長生殿で七夕にひそかに誓ったという話は、後世に潤色された物語であり、当時の確かな事実ではない。)「玄宗临幸温汤必在冬季、春初寒冷之时节。今详检两唐书玄宗记无一次于夏日炎暑时幸骊山。」(玄宗が温泉を訪れるのは、必ず冬か初春の寒い時期だった。新旧『唐書』の玄宗の記録を詳しく調べても、夏の酷暑に驪山へ行幸した例は一度もない。)また、ここでいう長生殿は華清宮の長生殿ではなく、長安の皇宮の寝殿を通称したものだという。

比翼鳥:伝説上の鳥。目と翼がそれぞれ一つしかなく、雄と雌が寄り添って初めて飛べるという。

連理枝:二本の木の幹が抱き合うようにつながったもの。古人はこの二つの事物を、恋人同士が愛し合い、永遠に離れないことのたとえによく用いた。

恨:心残り、残念な思い。

绵绵:途切れることなく続くさま。

无绝期:終わるときがないこと。「无尽期」とする異本もある。

作品紹介

『長恨歌』は、唐代の詩人白居易による長編叙事詩である。唐の玄宗と楊貴妃の悲恋を、全篇にわたって生き生きと描いている。詩人は歴史上の人物と伝説をもとに、曲折に富む心を打つ物語を作り上げ、造形した人物像を通じて現実の人生の真実を描き出し、千年以上にわたって読者の心を動かしてきた。この詩は後世の多くの文学作品に深い影響を与えた。

鑑賞解説

この長編叙事詩で、作者は簡潔な言葉、美しい形象、叙事と抒情を組み合わせる手法により、安史の乱における唐の玄宗と楊貴妃の愛の悲劇を語る。二人の愛は、自らが招いた反乱によって断たれ、その精神的な苦い報いをいつまでも味わい続ける。唐の玄宗と楊貴妃はともに歴史上の人物だが、詩人は史実に拘泥せず、歴史のわずかな面影を手がかりに、当時の伝説や町々で歌われた歌をもとにして、曲折に富み、しみじみと心を動かす物語を生み出した。それを、繰り返し巡り、切ない思いが尽きない芸術形式によって描き、歌い上げている。詩中の物語と人物は芸術として造形され、現実の人間の複雑な真実を再現しているからこそ、歴代の読者の心に幾重もの波紋を広げるのである。

全篇は三つの部分に分かれる。冒頭から「惊破霓裳羽衣曲」(戦乱が霓裳羽衣の曲を驚き破る)までが第一部で、詩人は三十二句を費やして唐の明皇と楊貴妃の愛の日々を描き、それによって政務がなおざりになり、国が乱れ、安史の乱が起こった経緯を語る。第二部は「九重城阙烟尘生」(幾重もの宮城に戦の煙塵が立つ)から「魂魄不曾来入梦」(魂は一度も夢に現れない)までの四十二句で、馬嵬駅の兵変で楊貴妃が殺されたことと、その後の唐玄宗の思慕を描く。「临邛道士鸿都客」(臨邛の道士、都に来た客人)から結びまでが最後の部分で、道士が唐玄宗を助け、仙山へ楊貴妃を探しに行く物語である。

詩人は冒頭の「汉皇重色思倾国」、漢の皇帝が美色を重んじ、国を傾ける美女を求めた、という一句で、唐の禍乱の原因と物語の悲劇的要因を示している。一見ごく平凡で、物語は当然ここから始まるものであり、作者が工夫する必要もなさそうに見える。だが実際には、この七文字は非常に多くの意味を含む全篇の綱領である。悲劇の要因を明かすとともに、詩全体を呼び起こし、統べている。その後の出来事はすべてここから生じる。詩はそこから段階的に展開し、順を追って語られる。まず唐玄宗が美色を重んじ、あらゆる手立てで美女を求めた末、「回眸一笑百媚生,六宫粉黛无颜色」、振り返って微笑めば百の媚が生まれ、六宮の美女が色あせるほどの楊貴妃を、ついに胸に抱く。続いて楊貴妃の美貌を描き、そのなまめかしさと、それゆえ後宮で寵愛を得たことを書く。「姊妹弟兄皆列土」、姉妹も兄弟もみな領地を与えられた。まさに「一人得道,鸡犬升天」、一人が道を得れば鶏や犬まで天に昇るというように、楊家は楊貴妃によって威勢を増し、並ぶ者のない権勢を誇った。楊貴妃を得た唐玄宗は欲望と享楽に身を任せ、終日、歌舞や酒色に溺れ、ついには「从此君王不早朝」、以来、君王は朝早くの朝議に出なくなった。詩人はこのありさまを繰り返し描き、安史の乱が起こる原因を示す。この部分は恋愛悲劇全体の土台であり、「長恨」の内的原因があるところだ。「詩人はこの宮中生活の写実を通じ、風刺を交えながら物語の男女の主人公を紹介している。一人は美色を重んじ国を軽んじる帝王、もう一人はなまめかしく寵愛を頼む妃である。また、唐玄宗が美色に惑って国政を誤ったことこそ、この悲劇の根源だと、具体的な姿を通して示唆している。

この愛の悲劇で、楊貴妃の死は重要な場面である。第二部では、安史の乱が起こったあと、皇帝の軍勢が慌ただしく西南へ逃げ込む様子、とりわけ動乱の中で唐の玄宗と楊貴妃の愛が滅びるさまを、詩人は具体的に描いている。そこにこそ楊貴妃が死に至る原因がある。「六军不发」(全軍が進もうとしない)と、軍が楊貴妃の処刑を求めることは、玄宗の寵愛と溺愛がすでに人々の怒りを買っていたことを示す。ここで詩人は、二人の永遠の別れを六句で描く。「六军不发无奈何,宛转蛾眉马前死。花钿委地无人收,翠翘金雀玉搔头。君王掩面救不得,回看血泪相和流。」全軍が進まず、なすすべもなく、美しい人は馬の前で身をよじって死ぬ。花の額飾りは地に落ちても拾う者がなく、翡翠の髪飾り、金の雀、玉のかんざしが残される。君王は顔を覆い、救うこともできず、振り返れば血と涙が入り混じって流れる。悲しみは言葉の外にまであふれている。とりわけ最後の二句では、愛する人を手放すには忍びず、しかも救いたくても救えない玄宗の内なる葛藤と苦痛を、繊細な筆致で鮮明に表している。

楊貴妃の死後、唐の玄宗が味わう恋慕の苦しみを、詩人は直接描かず、人物の精神世界を締めつける「恨」、すなわち深い悔恨を捉えて、婉曲で物悲しい思慕を表す。「君臣相顾尽沾衣」(君臣が顔を見合わせ、ともに涙で衣をぬらす)から「魂魄不曾来入梦」(その魂さえ夢に訪れたことがない)までは、時局が安定したのち、唐の明皇が蜀から都へ戻り、馬嵬坡を通って悲しい記憶を呼び起こされることを描く。都へ帰ってからは、なおさら見るものすべてに心を痛め、朝夕に募る思慕と悲しみを晴らせない。宮殿は変わらずとも、その人はすでにいない。昼は物を見て悲しみ、夜は「孤灯挑尽」(独り灯の芯をかき尽くす)まで「成眠」(眠りにつくこと)ができない。日夜思い続けても切ない恋慕は消えず、夢に望みを託すが、生と死に分かれて幾月を経ても、魂は夢にさえ訪れない。「長恨」の「恨」は、人の心を深く揺さぶる。

「临邛道士鸿都客」(臨邛の道士で、鴻都に客としていた者)から詩の末尾までは、道士が唐の玄宗を助け、楊貴妃を捜すくだりである。詩人はロマン主義的な手法を用い、天に上ったかと思えば地中へ入り、「上穷碧落下黄泉,两处茫茫皆不见」。(上は青空の果てまで、下は黄泉まで捜しても、どちらも茫漠として姿は見えない。)後に、海上のはかなくおぼろな仙山で楊貴妃を見つける。彼女は「玉容寂寞泪阑干,梨花一枝春带雨」(玉のような顔は寂しげで涙が縦横に流れ、春雨を帯びた一枝の梨の花のよう)という姿で仙境に再び現れ、漢家の使者を心を込めて迎える。深い情をたたえ、品物と言葉に思いを託し、かつての誓いを改めて述べることで、玄宗の思慕に応え、「長恨」の主題をさらに深め、濃く描き出す。詩は最後に「天长地久有时尽,此恨绵绵无绝期」(天も地もいつかは尽きようが、この恨みは綿々と続き、絶える時がない)と結ぶ。主旨を明らかにし、冒頭に呼応しながら、「清音有馀」、すなわち澄んだ音の余韻を残し、読者が連想し、味わい返す余地を与えている。

『長恨歌』がまず私たちに芸術美を味わわせるのは、その曲折に富む心を打つ物語であり、精巧で独特な構想である。全篇の中心は「長恨」、すなわち尽きない悲しみを歌うことにあるが、詩人は「重色」、つまり美色への執着から語り起こし、力を尽くして描き広げる。「日高起」(日が高くなってから起きる)、「不早朝」(早朝の朝議に出ない)、「夜专夜」(毎夜、寵愛を独占する)、「看不足」(見ても見飽きない)などは、楽しみの極みに達した喜劇の一幕にも見える。しかし、この極端な歓楽こそが、後に続く果てしない悲しみを際立たせる。唐の玄宗が色欲に溺れて国政を誤ったことは政治的悲劇を招き、それがまた玄宗と楊貴妃の愛の悲劇を引き起こした。悲劇を生んだ者が最後にはその主人公になる点に、この物語特有の曲折があり、二人が「長恨」を抱く理由もある。従来、多くの人がこの詩に風諭の意味を認めてきたが、それはまさにこの点にある。馬嵬坡で楊貴妃が死ぬ場面はきわめて繊細に描かれ、愛する人を手放すに忍びず、しかも救おうとしても救えない玄宗の葛藤と苦痛が具体的に表現されている。「血泪相和流」(血と涙が入り混じって流れる)という死別があったからこそ、終わりのない悲しみが生まれる。その後、詩人は多くの筆を費やし、玄宗が楊貴妃を思う気持ちをさまざまな面から繰り返し描く。しかし物語は一つの感情にとどまらず、人物の内面が幾重にも明かされ、それに響き合う景物が変化するにつれて、時間も筋も進んでいく。人物の思いが物語を開き、展開させるのである。玄宗が蜀へ逃れるのは死別の後で、その心は悲痛に沈んでいる。都へ戻る途中で旧地を再び通ると、悲しい記憶がよみがえる。宮中に戻ってからも、昼は目にする物に心を痛め、夜は寝返りを打って眠れない。昼夜思い続けても会えず、夢に望みを託すが、それさえ「悠悠生死别经年,魂魄不曾来入梦」(生者と死者が遠く隔てられて幾年も過ぎ、魂は一度も夢に訪れない)のである。ここまでで「長恨」の悲しみは十分に胸を揺さぶるものとなり、物語を終えてもよさそうに思える。だが詩人は筆を転じ、想像の翼を借りて美しく心を引く仙境を構想し、新たな境地を開く。悲劇の筋は頂点へと押し上げられ、物語はいっそう曲折し、起伏と波乱を帯びる。この転換は意外でありながら、心情のうえでは自然でもある。主観的な願いと客観的な現実が絶えず矛盾し、ぶつかり合うことで、人物の幾重にも揺れ動く心理が余すところなく表され、物語もいっそう曲折に富む感動的なものとなっている。

『长恨歌』は叙情性の非常に強い物語詩である。詩人は物語の叙述と人物造形に、中国の伝統詩が得意とする表現手法を用い、叙事、写景、叙情を調和させ、感情が繰り返し巡る詩の特色を作り上げた。時には人物の思想感情を景物に注ぎ、その反映によって心境を際立たせる。また時には人物を取り巻く特徴的な景物や事物を捉え、それらへの感受を通して内面を表す。こうして幾重にも描き重ね、心の奥に蓄えられた言い尽くしがたい感情を的確に表現する。唐の玄宗が西南へ逃れる道中には、黄塵、桟道、高山が至る所にあり、日の光は暗く、旗にも輝きがなく、秋景色はもの寂しい。この悲しい秋景色が人物の悲嘆を引き立てている。蜀では青い山と清らかな水に向かっていても、朝夕、その思いを忘れられない。蜀の山河は本来美しいが、孤独と悲しみに沈む玄宗の目には、山の「青」も水の「碧」も悲しみを誘う。自然の美を味わうには穏やかな心が必要なのに、彼にはそれがなく、かえって苦痛が増す。美景を通して哀情を描き、感情をさらに一段深めているのである。行宮の月光と雨の夜の鈴の音は、もともと人の思いをかき立てる。詩人はこうしたありふれていながら特徴的な事物を捉え、読む者を悲しみと断腸の境地へ導く。さらに見るものと聞くもの、色と音を交錯させ、言葉や調子にも人物の愁苦と寂しさを表す。これがまた一段の深まりとなる。都へ戻る途上の「天旋地转」(天地が巡り変わるような情勢の転換)は本来喜ばしいことだが、かつての地を再び通っても美しい面影はなく、思わず悲しみの涙を流す。叙事の中に、つらい回想がさらに一層加わる。長安に帰った後は、「归来池苑皆依旧,太液芙蓉未央柳。芙蓉如面柳如眉,对此如何不泪垂」(帰れば池も庭も昔のまま、太液池の蓮も未央宮の柳も変わらない。蓮はその顔のようで、柳はその眉のよう、この景色を前にどうして涙を流さずにいられよう)。昼には周囲の環境と景色に触発され、景物から人を思い起こす。景色は変わらず、人だけがいないので、涙がはらはらと落ちる。太液池の蓮と未央宮の柳に、楊貴妃の姿を見たかのようである。ここには極めて複雑で繊細な内面の動きが示されている。「夕殿萤飞思悄然,孤灯挑尽未成眠。迟迟钟鼓初长夜,耿耿星河欲曙天。」(夕暮れの宮殿に蛍が飛び、思いはひそやかに沈む。独り灯火の芯をかき立て尽くしても眠れない。鐘と太鼓は遅々として、長い夜は始まったばかり。やがて星の川が明るく輝き、空は夜明けを迎えようとする。)夕暮れから明け方までを描き、夜の間ずっと思いにまとわれ、長く眠れない様子を集中的に表している。この切ない恋慕は、「春风桃李花开日」(春風に桃や李の花が咲く日)も、「秋雨梧桐叶落时」(秋雨に梧桐の葉が散る時)も変わらない。かつての「梨园弟子」(梨園の楽人)や「阿监青娥」(宮中に仕えた若い女性)が、みな白髪となり容色を衰えさせているのを見ると、昔の歓楽への思いがさらに募り、おのずと心が沈む。黄塵の立ちこめる所から青い蜀の山々へ、行宮の雨から凱旋しての帰還へ、昼から夜へ、春から秋へと、至る所で物に触れて悲しみ、いつも目にした物から人を思う。さまざまな側面から、主人公の切実な追求と探索を繰り返し描き重ねる。現実で見つからなければ夢の中を探し、夢でも見つからなければ仙境へ探しに行く。こうした起伏と反復、幾重もの描写によって人物の感情は巡りながら高まり、頂点に達する。詩人はまさにこのような描写の積み重ねと繰り返される叙情によって、人物の思想感情をいっそう深く豊かに蓄え、詩の「肌理细腻」(きめの細かさ)を実現し、芸術的な訴求力を高めている。

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