阮郎帰・春风吹雨绕残枝(春風が雨を吹き、花の残る枝を巡る)
宋代・作者不詳
宋代・作者不詳
春风吹雨绕残枝,落花无可飞。小池寒绿欲生漪,雨晴还日西。(春風が雨を吹き、花の残る枝を巡る。落ちる花も、もはや舞うものがない。小池の冷たい緑の水面に波紋が生まれかけ、雨が上がれば、また日は西に傾いている。)
帘半卷,燕双归。讳愁无奈眉。翻身整顿着残棋,沉吟应劫迟。(すだれは半ば巻かれ、燕はつがいで帰る。愁いを隠しても眉だけはどうにもならない。身を返して打ちかけの碁を整え、考え込んでコウに応じる手も遅れる。)
アニメーションの内容は中国語の原版を保持しています。
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春風が雨を伴って残った枝をかすめる。花はすでに散り尽くし、吹き上げられる花びらもわずかしかない。小さな池は一面、冷ややかな緑色で、今にもさざ波が立ちそうだ。雨がやんで空が晴れる頃には、日はもう西へ傾いていた。
簾を半ば巻き上げると、つがいのツバメが帰ってくる。憂いを隠そうとしても、眉間の表情は思いどおりにならない。身を返して打ちかけの碁盤を整え、石を打つことで心の悩みを晴らそうとするが、コウ争いを前にいつまでも考え込み、すぐには応じられない。
阮郎归:詞牌名。この作品の作者名には異説があり、秦観の詞集にも収められている。当サイトではもと「佚名」(作者不詳)としていたため、ここではその表記を残し、異説を付記する。
残枝・落花無可飛:晩春、花の季節が終わりに近づくさまを描く。漪(yī):細かな波紋。日西:太陽が西へ傾くこと。
讳愁:憂いを隠すこと。无奈眉:それでも憂いが眉に表れてしまうこと。着(zhuó)棋:碁を打つこと。残棋:まだ終わっていない碁の勝負。
应劫:囲碁でコウ争いに応じること。災厄に対処する意ではない。沉吟:考え込み、ためらうこと。
作品案内:この詞は晩春の風雨から簾の内の碁盤へと描写を進め、晴らしがたい孤独を表す。人物の身分や具体的な経歴は明示されていない。解釈は、眉間の憂い、帰ってくるつがいのツバメ、碁を打つ際のためらいといった細部を根拠とすべきである。伝本によって作者名は異なり、作者不詳とするものも、秦観とするものもある。
雨が上がれば明るさが訪れるはずだが、「还日西」はすぐに、日がすでに西に傾いていると描く。つがいで巣へ帰る燕も、すだれの内の人の胸中と対照をなす。景物の変化が続くにつれ、人物が慰めを得られる余地は狭まってゆく。
後半は憂いの由来を説明せず、眉間やしぐさからそれを表す。打ちかけの碁を整えることは気をそらす行為に見えるが、「应劫迟」(劫への応手が遅い)は、心がなお囚われていることを示す。結びはなかなか石を置けない一瞬で止まり、直接訴えるよりも含みが深い。
詩から、物語の中へ
春雨で渡し場が閉ざされる中、見知らぬ客が欠けた碁笥を姜遅の前に置いた。それは父の遺品で、中には碁石はなく、舟札が七枚入っているだけだった。包囲された城を離れて三年、彼女は舟客の暇つぶしの相手をして暮らしていた。だが一枚の不完全な棋譜が、彼女を旧城の水門へ引き戻す。再び始まったこの一局には、いったいあと何人の行く道が賭けられているのだろうか?
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