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旧时王谢堂前燕,飞入寻常百姓家。(昔、王氏と謝氏の邸前にいた燕は、今では普通の庶民の家へ飛び入る。)

烏衣巷

唐代・劉禹錫

朱雀桥边野草花,乌衣巷口夕阳斜。(朱雀橋のほとりには野草の花が咲き、烏衣巷の入り口には夕日が傾く。)

昔、王家や謝家の堂前にいた燕は、今では普通の民の家へ飛び込んでいく。

詩情を流れにのせて

詩の情景アニメーション

アニメーションの内容は中国語の原版を保持しています。

アニメーションの準備ができました。

AI画像生成

現代語訳

朱雀橋のほとりでは野草が花を咲かせ、烏衣巷の入口には夕日が斜めに差している。

昔、王氏や謝氏の豪邸の前を行き来して巣を作っていたような燕が、今ではごく普通の庶民の家へ飛び入っている。

注釈

乌衣巷:金陵の旧地名。現在の南京の秦淮河一帯にあり、東晋の士族が住んだ歴史と結び付く。『烏衣巷』は『金陵五題』の一首。

朱雀橋:金陵にあった古い橋の名。烏衣巷に近い。この名称から、朱雀が描かれた橋や、全体が朱色の橋と解する必要はない。

野草花:野草に花が咲くこと。「花」は花が咲くという意味に解せる。夕阳斜:夕日が斜めに差すこと。黄昏時の光と影を描く。

王谢:東晋の王氏と謝氏という二大士族で、王導、謝安らに代表される。堂:ここではその邸宅の広間を指す。

旧時堂前燕:かつての名家の軒下にいた燕によって、昔と今を結びつける。詩の連想と対照であって、同じ燕が六朝から唐代まで生き続けたという意味ではない。

寻常:平凡な、普通の。庶民の家と王氏・謝氏の邸宅が家柄の変化を対比しているのであり、詩に出る家の一軒一軒に実在の主人を当てはめる必要はない。

作品紹介

作品案内:この懐古の絶句は、壮大な戦場を描かず、かつて都がいかに栄えていたかを一つずつ並べることもしない。橋のほとりの野の花、路地の入口の夕日から始め、燕の飛ぶ姿を追いながら、昔の名家と目の前の普通の家々を結びつける。読む際には、本当に変わったものは何か、今も毎年現れるものは何かに目を向けたい。興亡への感慨は、まさにその二つの間に潜んでいる。

鑑賞解説

最初の二句では朱雀橋と烏衣巷が並べられる。地名そのものが旧都の歴史の重みを帯びる一方、目の前に描かれるのは草花と夕日だけだ。草はいつものように生え、光は今も路地の入口を照らすが、人々の華やかな営みは現れず、その空白が想像を誘う。「花」の字は野草にかすかな動きを与え、「斜」の字は光を低く傾ける。こうしてありふれた景物に、時が過ぎてゆく感触が生まれる。

後の二句は王氏と謝氏の衰退を正面から告げず、燕に軽やかな場面転換を担わせる。堂の前と家の中がつながり、昔とありふれた現在が対比され、ごく短い飛翔が、言葉の中で長い人の世の変遷を越える。ここでの燕は、繰り返し現れる生命のイメージであり、一羽の寿命から実録として年代を計算することはできない。結びの表現の加減も丁寧に読みたい。庶民の家は今も暮らしが営まれている場所であるため、この詩には荒廃と消失だけがあるのではない。名門が退いた後も日常の暮らしは続く。詩人はこうした継続と交代に感慨を託し、最後の意味まですべて読者に語り尽くしてはいない。

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韓準は旧邸の門を三十二年間守ってきた。今では自分の家の権利証も持っているのに、出入りの際は今もまず脇門へ回ってしまう。娘は長寿を祝う麺を作り、上座にゆったり座っていてほしいと言う。一方、茶院の主人は昔の仕着せに着替え、遠来の客に往時の華やかな儀礼を声高に披露してほしいと言う。人々に囲まれて語る昔話を手放しがたく思う彼は、娘には巳の刻の終わりには帰ると約束していた。庭では今年やって来た燕が忙しく泥をくわえて運び、誰も昔の門番の取り次ぎを待ってはいない。

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